いとまのはなし。

大学3年生 20才 金儲け学部。「喧騒に暇を、退屈には毒を」「潔癖な感性で何ができる」

本当に必要とされるアイデアって何?

イデアとは

 アイデアってなんやと思いますか?

 いわゆる「大人たち」は僕ら学生に、「若者らしいアイデアを」とか「学生目線の瑞々しい発想を」とかよく言いますよね。

 かといってそこで出したアイデアが実際に社会で活躍するわけでもなく。

 そもそも、社会を変えるようなアイデアがあるなら頼まれなくても、自分で起業でもしてバンバン儲けまくりませんか?僕ならそうします。

 「アイデアとは何か」を言葉の意味の上ではなんとなく知っていますが、本当に必要とされるアイデアとは何なのかを僕たちは、教わったことがありません。誰に教わっていいのかもわかりません。

 今回は僕が考える「本当に必要とされるアイデアとは何か?」についてです。

 

 

イデアの定義

まず、言葉の一般的な定義から。

イデア

 思いつき。新奇な工夫。着想。「イデアが浮かぶ」
 イデア観念理念

コトバンクhttps://kotobank.jp/word/アイデア-421581より

 

 2番は哲学的であまりに抽象的するので解説はしません。ときに諦めは重要な意志決定となり得ます。

 まあ、おそらく多くの人が「アイデア」と聞いて思うのは1の「思いつき。新奇な工夫。着想。」だと思います。

 

「思いつき」としてのアイデア

 はい!ここで質問!

 

 もしも「アイデア」がさっき見たように「思いつき」なら、その「アイデア」で社会が動くと思いますか?

 ただの、「思いつき」で動く社会ってものっすごく怖くないですか?

 

 ただ面白い話が聴きたいなら、「思いつき」レベルのアイデアでも全く問題ないと思います。

 しかし、イデアに求められるのは現状を「変える」こと、もっと言えば現状を打破することだと思います。

 「思いつき」レベルのアイデアが何かを大きく変える可能性は著しく低いと言わざるを得ません。

 

 確かに(いい意味で)バカみたいな「思いつき」をするのは、僕たちはまだ得意だと思います。しかし、それは「ただ単に世間知らずなだけ」とも言い換えられます。

 

 まあ、膠着しきった状況に新しい風を吹かせたい気持ちもわからなくはないですが、世間知らずな学生に「思いつき」を求めたところで、その膠着状況が好転する可能性って、常識的に考えて非常に低いと思います。

 

 じゃあ、必要とされるアイデアとは何なんでしょう。

 

 

「アイデアとは、これまでに積み上げられた論理の最先端である」

 僕の意見ですが、「アイデアとは、これまでに積み上げられた論理の最先端である」と考えます。

 

 簡単に言うと、

「どういう過程を経て、今の状況が生まれているのか。そして、この状況を考えるとこの先はどうしていくのがいいのか」

 こういう考えこそが、アイデアだと思います。*1

 

 

 こういう風に考えると、アイデアを説明するのに一番の良い例はiPhoneになります。*2

 

iPhone開発までの文脈をかんったんにすると、

①インターネットが拡大してコンピューターがあれば、世界中の情報を簡単に集められるようになった。

②携帯電話をどこでにでも持っていって、いつでも誰かとつながる(電話やメールをする)ことが当たり前になった。

③じゃあ、コンピューターを小型化して、携帯電話と組み合わせたら、いつでもどこでも世界中の情報が集められて、誰かとつながることのできるデバイスができあがるんちゃう!?でもいまの携帯電話って使いにくいから、ボタン無くさへん?*3

 

みたいな感じだと思います。*4

 

 あとは、技術さえ追いつけば*5このアイデアは実現されるでしょう。

 

 言い換えると、アイデアとは、「既に存在するものや考え方の新しい組み合わせ方」であるとも言えます。まあ、いわゆるイノベーションですよね。

 

文脈をとらえる

 アイデアとは、「これまでに積み上げられた論理の最先端である」といいましたが、積み上げられた論理、つまり文脈はどのようにとらえていくには知識が必要となります。何もないところからは何も生まれません。何も入っていないアタマからはなんのアイデアも生まれてこないのです。

 マイクロソフトビルゲイツさんは読書家であることで有名で、年に冊もの本を読むみたいです。知識を得ることの重要性を感じます*6*7

 まず、知識を得ることで文脈をとらえ、その文脈に沿って考えることが、アイデアを生み出すために必要なことです。

 僕がこのように考えるようになったのは、原研哉さんの本のこの文章を読んでからです。

 僕らは未来と過去の狭間に立っている、創造的なものごとの端緒は社会全体が見つめている視線のその先ではなくて、むしろ社会を背後から見通すような視線の延長に発見できるのではないか。先に未来はあるが、背後にも膨大な歴史が創造の資産として蓄積されている。両者を還流する発想のダイナミズムをクリエイティブと呼ぶのだろう。

『デザインのデザイン』原研哉

 

まとめ

 このように僕は、必要とされるアイデアを生み出すには文脈とらえることは必要不可欠なものであると思っています。

 僕たちがよく求められる「思いつきとしてのアイデア」はこの文脈を無視した、ただの論理の飛躍でしかありません。

 ロジックのないものは、トンチンカンで何の役にも立たないことがほとんどです。

 役に立たないものを求められて、それに時間を費やす必要を僕は一切感じません。

 

 文脈をとらえるという意味では、例えば、歴史を学ぶことはアイデアを生むにあたって大事なことであると言えるかもしれないな、と最近思ったりしてます。

 

 なんか、結局イノベーションについての話になってしまった感も否めませんが、それはそれでおっけい。僕が言いたいことは言い切った。

 

 参考

デザインのデザイン

デザインのデザイン

 

 

*1:どういう過程を経て、今の状況が生まれているのか」がこれまでに積み上げられた論理で、この先のことを考えることを最先端といっています。

*2:もっとかっこいい例を出したかったけど力不足。泣 

*3:実は、ジョブズは関西弁を話すことはできなかったそう。

*4:さすがに、ざっくりすぎやん?

*5:技術開発をなさっている方を心の底から尊敬します。決して技術者の方を軽んじているわけではありません。ただ、技術はあくまで目的のための手段であり、技術開発自体が目的になると、何をすべきなのを見失ってしまうので、まずは「何をすべきなのか」という文脈をとらえることが大切だと思っています。

*6:面白くない陳腐な例だ。実力不足

*7:知識は最低条件であって、論理の習得こそが読書の本質だと思うが。