はやてのぶろぐやな。

関西在住の大学生の日記。ほとんど独り語り。

『罪と罰』の感想。

躁うつの主人公。頭の足りない母親。気違い染みた世話を焼く親友。優しく賢い妹。傲慢な妹の結婚相手。本心を明かさない刑事。呑んだくれの元官僚。結核を患うヒステリックなその妻。不幸な娼婦。みんな狂ってる。暗く陰湿なサンクトペテルブルク。希望なんてのは遠く離れた場所にある夢みたいなもので、陰湿な街に転がってるのは貧しさと互いを見下し合う偏屈なプライド。希望なんてのはやはりない。

自らが作り上げた選民思想に取り憑かれた主人公は人としての一線を踏み越えるが、自らはナポレオンにはなりきれない。自らの思想とそれを乗り越えることができなかった自分。自分が愚民側の人間であると認められないラスコーリニコフは自らで自らの精神を蝕んでいく。自らを救いたいがために、不幸な娼婦に罪を告白し赦しを乞う。

人間を殺した人間の話なのにどうしてこうも共感してしまうのか、分かってしまうのか。
自分は他の奴とは違う、他のバカとは違うんだ。そう思えば思うほど、自分も他のバカと同類だってことを実感してしまう。無理やりに、自分を別のものにしようとして、他のバカとは違うと自分自身に認めさせたくて。行動を起こした。でも、その先にあったのは残酷な事実。自分もバカの一員だったことをまざまざと見せつけられる。
他人の好意にすら苛立ちを感じる。
放っておいてほしくなる。
自首を決意したラスコーリニコフだったが、それは罪の意識に苛まれたからではなく、自殺か服役か、残された選択肢のうち、自分に有利になる方をとっただけだった。と思いたかった。シベリアに送られ、ソーニャが面会に来られなくなった数日間の全てのものから断絶された状況ではじめて、自らのした事を『認識』し、自分が愛されていて、自分も人を愛している事を理解した。

 

あくまで個人的な感想です。